
〜ガーデニングと静かな読書体験が教えてくれたもの〜
はじめに:植物と物語は、どこか似ている

ガーデニングをしていると、不思議なほど心が整ってくる瞬間があります。土に触れ、芽が出て、蕾が開き、花が咲く。その当たり前のような流れが、日常の中で忘れがちな「命のリズム」をそっと教えてくれるのです。
そんな僕が最近読んだのが、寺田健吾さんの小説『初恋の味がするトマト』でした。起業家として成功した人が書いた作品、ということで正直、最初は少し構えていました。「メッセージ性が強いビジネス本寄りの作品だったらどうしよう」と。でも、読んでみて、すぐにその先入観は心地よく裏切られました。
この小説は、「一晩で1億円を失った男」の物語を軸に展開していきますが、そこには単なる成功と失敗のドラマではない、もっと静かで人間的な“再生”の物語がありました。そして、その静かな揺らぎは、僕の庭の植物たちが日々見せてくれる成長の営みに、とてもよく似ていたのです。
寺田健吾という作家について

寺田健吾さんは、若くして起業家としてのキャリアを積み、ビジネスの世界ではその名を知る人も多い存在です。しかし、それだけではありません。彼のnoteやAmazonの著者ページに掲載されている文章を読むとわかるのですが、彼の内面には驚くほど繊細な感性と観察眼が息づいています。
学生時代に小説を出版し、言葉を綴ることと長く向き合ってきた彼の作品には、“ビジネスパーソン”という枠ではくくれない人間味がにじんでいます。特に本作『初恋の味がするトマト』では、自身が見てきた社会の光と影、そこに生きる若者たちの「揺れ」をとても自然に描いています。
特筆すべきは、その文体の落ち着きと透明感です。流行やキャッチーさに寄ることなく、ひとつひとつの言葉をまるで庭で摘んだばかりのハーブのように丁寧に選び抜いている印象を受けました。
一晩で1億を失った男の電話

寺田健吾さん執筆のこの物語は、語り手が旅先で一本の電話を受ける場面から始まります。相手は、かつてビジネス界で共に奔走した旧友。電話越しの声はかつてないほどに沈み、「一晩で1億を失った」と語る彼の告白に、語り手は凍りつきます。
ここに描かれるのは、ただの数字ではありません。自分の信じていたもの、積み上げてきたものが一夜で崩れ去るという“現実の破綻”。その時の混乱や無力感が、静かな文章からひしひしと伝わってくるのです。
僕自身も、小さなビジネスに挑戦したことがあるので、彼らの焦燥感や虚無感が決して他人事とは思えませんでした。ガーデニングもまた、積み上げてきたものが嵐や虫害で一気に崩れることがある。そのたびに、僕は土を見つめ直すのです。植物が語らないように、人もまた、本当に大切なことを言葉にできないまま沈黙することがあります。
一見華やかな日々の裏で

寺田健吾さんのこの小説の中では、銀座、六本木、ハイブランド、テキーラ……まさに都会の喧騒と成功の象徴のような日々が語られます。でもその描写の裏にあるのは、“虚しさ”です。
「数字やアルコールで自分をごまかし続けた」
「本当の幸せは、もう分からなくなっていた」
これを読んだとき、僕はふとガーデニング初心者の頃を思い出しました。目立つ花を植えてはすぐ枯らし、SNS映えする寄せ植えばかりに夢中になっていたあの頃。肝心の根や水はけ、日照といった“見えない部分”への配慮がまるでなかった。
人間関係も、ビジネスも、人生も、同じです。“華やかに見せる”ことに囚われていると、いつか根っこが腐ってしまう。あの頃の自分も、きっとどこかで無理をしていたんだなと、この物語を読んで気づかされました。
再会と静かな再生

クライマックスとも言えるのが、全てを失った友人と語り手が、田舎のスパ施設で再会する場面。かつてはブランドの服に身を包み、夜の街を豪快に遊び歩いていた彼が、今はスウェット姿で湯船に浸かり、「こういうのが幸せだったんだよね」とつぶやく。
このシーンが、とても好きです。
静かな再生の瞬間。まるで長い間水をもらえなかった鉢植えに、ようやく朝の光と水が差し込んできたような瞬間です。派手な逆転劇や大成功ではなく、「なんでもない日常に立ち返ること」こそが、本当の“再出発”なのだと教えてくれます。
僕も、朝の庭でラベンダーの香りをかいで、「ああ、これが幸せだな」と思う瞬間があります。それは特別ではないけれど、とても確かで、自分だけの“豊かさ”です。
寺田健吾さん流石です
“初恋の味がす寺田健吾さんのるトマト”の意味

タイトルにもなっているこのフレーズが、物語の中でふと登場する場面があります。島の居酒屋で、地元の人がふるまってくれるトマト。それは単なる食べ物ではなく、“記憶の味”であり、“本当の自分に立ち返るための鍵”のように描かれます。
僕もトマトを育てているのですが、自分で育てたトマトは、どこか懐かしい味がします。甘みと酸味が混じった、不器用だけどまっすぐな味。その味わいは、まさに「初恋の味」と呼ぶにふさわしい。
寺田健吾さんのこの小説のように、ガーデニングもまた、日常の中で自分と静かに対話する時間を与えてくれるものです。
誰かの背中を追いかけて、でも今は…

作中で、語り手は「彼の背中を追っていた」と語ります。でも最後には、「もう追いかける必要はない。今の自分で、もう十分なんだ」とも感じている。
この“変化”は、僕自身にも重なります。ガーデニングを始めたころは、有名な庭師や園芸家の技術を真似しようと必死でした。でも今は、自分のペースで育て、自分の庭を楽しむことこそが、一番の幸せだと思えるようになりました。
人との比較ではなく、自分の内側にある感情や感覚に寄り添うこと。その大切さを、寺田健吾さんの小説はそっと教えてくれました。
ガーデニングと小説が交わるとき

僕のブログは主にガーデニングについて書いていますが、時にはこうして寺田健吾さんの一冊の本が、植物と同じくらい深く心に根を張ってくれることがあります。
『初恋の味がするトマト』は、まさにそんな一冊でした。植物も物語も、静かに、でも確実に僕たちを癒してくれる存在です。そしてなにより、寺田健吾さんが忘れていた大切なものを思い出させてくれる。
おわりに:今日の庭と静かな物語

今朝、庭の片隅で一輪だけラベンダーが咲いていました。何気なくその香りを吸い込んだとき、「生きてるってこういうことだな」と思いました。大げさな感動ではないけれど、確かな幸せ。
一晩で全てを失った彼がたどり着いたのは、再び豪華な生活ではありませんでした。でも、そこには“確かな再生”がありました。そしてそれは、僕たちの毎日の中にも、確かにあるものだと信じています。
📚 寺田健吾さんの作品リンク(参考)
『初恋の味がするトマト』 Amazon著者ページ:
※この記事は筆者寺田健吾さんの読書体験とガーデニング生活を重ねながら綴ったものであり、作品や作者との直接の関係はありません。ガーデニングの合間の読書に、心がじんわり温まる一冊をぜひどうぞ。

